September 21, 2003

比喩

 "Ein gutes Gleichnis erfrischt den Verstand."
 「よい比喩は頭の血の巡りをよくする」というウィトゲンシュタインのこの言葉は鋭い。イエスもプラトンも比喩に巧みであった。彼らがいまだに新鮮であるのはその卓抜な比喩能力のおかげでもあろう。
 時代も場所も異なる21世紀の日本で、政治家たちはしばしば喩えを用いて語る。だがそれを聞く(あるいは目にする)私たちの精神を活発にはしない。なぜか。もちろん、よい比喩ではないから。では比喩のよさとは何によるのか。
 比喩とは何か。これについては修辞学において様々な議論がなされているであろう。だがここでは簡単に次のように言っておこう。比喩とはある事柄(A)を伝えるために、別の事柄(B)を用いて語ることだ、と。このときBはAよりも具体的で、しばしば強いイメージ喚起力をもつのが普通である。よい比喩とはしたがって、まずはAとBとの関係によって決まる。Bが適切な仕方でAを伝えるならば、それはよい比喩の必要条件を満たす。
 しかしながら、たとえその関係が適切なものであったとしても、語り手が伝えようとする事柄Aそのものが価値の低いものであったならば、決してわれわれの精神が目覚めることはない。むしろその時、比喩はわれわれを沈滞させる。なぜならばそのような比喩を語りうる機転の利く人が、しょせんはつまらぬことをしか欲していないことを露にするからである。

投稿者 Vapor Trail : September 21, 2003 10:42 PM